忍者ブログ
「トメライ」による楽描楽音等の創作記録。個人的な考察や作品の感想とかも書くよ。
[1]  [2]  [3
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

3Dプリンタ用のモデリングデータ共有。
あまり調べてないけど、
日本にはまだ全然普及してる気がしないものの、
だが確実に新しいコンテンツ。

抱いた感情は「やってみたい」。
というか「やってみたくなくてもやってみた方がいいんじゃね?」みたいな。
苦手意識より興味が勇んでる。

データの展開方法、有料無料とかは置いといて。
3DCGは昔かじったことがあるから、オリキャラの中でもウニウム種くらいなら作れそうかも?
元々、その為に色んな媒体に展開しやすいようにデザインしてたっていうのはあったし。
ちなみにウニウム種とは二頭身二足歩行タイプの52星人、ゴジュニウムのことだ。ニヘルツもそれにあたるよ。

ちょっと脳内会議してみた。
-(マイナス思考)「一つの表現手段に集中すべきだ。いや、というかこれ以上手段を増やしちゃいけない」
+「何を今更。無理なのは散々証明済みだろう。何しても無駄なら逆に言えば好きにやってもいいってことだ。
面白そうだしやってみればいい。それに大筋である”オリキャラ展開”っていう主軸に則っているだろう」
-「それはそうだけど、続けられそうな気がしない。内的要因、外的要因的にも」
+「それは同意、だけど1、2体用意してるだけでも違うんじゃないか?」
-「うんまあ…とりあえず今作ってる曲とか作っちゃおう…」

結論から言うと、保留って感じ?w
下準備とか思ってる以上に大変そうだし…。

内的要因というのは、自分の気質や、低根性。
外的要因というのは、人気、というか繋がりを気にして。

曲とか動画作るモチベ低いから別な事始めたいくせに、
モチベが低すぎて別な事にもチャレンジできないみたいな最悪循環。
くそ…今の外的要因を逆手にとらないでどうする…
むしろ今の外的要因がこの未踏で無謀で自分の気質から外れたジャンルへ妄進させんとしているのか。
まあ、考えとく。

拍手

PR
低脳、いわゆるバカの定義とは、客観視できないものの事を言うんじゃなかろうか。
完全なる客観は全知全能の所業、つまり神の視点たりえるのではなかろうか。

この「客観」という概念を導入することにより、”低脳”と”神”が一直線で繋る。
平凡は低脳の上に、天才は神の下という風にその一本の線上に連なるイメージ。
天才を超えた”褒め言葉”として”神”があるが、それは間違いではなかった。
だけど、ここでは神といっても奇跡を起こす存在の事をいうんじゃなくて、”全知全能”のみに着目した話。
全知全能なほど人間は偉いのかっていうのは、まあ力の使い方によるんでしょうね。

拍手

僕のネット上創作の目標は「軌道に乗る」こと。
そしてその軌道とは「現状維持」だ。
その”現状”が悪くなっているにも関わらず??
ならばその”現状”とはいつのことを指す?
結果論は、ゆっくり下落せども精神のキャパオーバーさえしなければいいということだ。
そういった意味では「現状維持」とは精神の状態を指すとも言ってもいい。
ともかくトメライはけなげなのだ。

しかしそんな僕の人気も遠くから見たら、長い目で見たら、もしかしたら本当に現状維持は出来てるかもしれない。
それはずっと「トメライ離れ」しないで居てくれている方達がいるからだ。

路上ライブで隠れ蓑着て6本の腕でラクガキしながら、一方で訳わからん演奏をしている人非ざる者が居るとする。それがトメライだ。
それを横目で、あるいは一瞬立ち止まるも、やはりすぐさま去ってゆく者がほとんどだ。
しかし少なからずとも、だが確実に、ずっと残ってくれている方達が居るのだ。
彼等は本当に奇特です。トメライの作品のどれもが好き、受け入れられるなんて本当に幅が広くて個性的だ。
そしてやさしい。僕は後天的にも先天的にも個性的な物、人が好きだ。
個性的とされ、個性的でありたいトメライは、個性的な方々に支えられているのです。本当にありがとうございます。
個性の個性による個性の為のトメライ。

拍手

ツイッターをしていたら、仲間の輪とか、この人は何系統とか、そういうのが段々わかるようになってくる。
クラスタとはジャンルの集まりみたいなもの。
自分は色々なクラスタに所属している。
大まかに人外、ケモノ、カートゥーン、極彩系、ボカロP、etc…
しかしどのクラスタにも馴染めていない。
色んな集まりの輪の隅っこを右往左往している。
それもその筈、色々なクラスタに所属し過ぎているからだ。風呂敷も広げ過ぎた。
一言で言うと超絶中途半端なのだ。

自分は周りから何者と思われているのだろう。
基本、影が薄いと思われてることだろう。
イメージが抱かれてるとしたら、ボカロPからは絵描き、絵描きからはボカロPみたいな感じか。
あ、あとオリキャラか。中でもニヘルツはなかなかインパクト強いみたいですね。
ちなみに、仲が良い方々は割と一次創作ベースのオールマイティー傾向だったりする。それはまたおもしろいことだなって。
オールマイティーというクラスタが存在してもいいところだが、
オールマイティーの示す通り、それにはやはり一貫性がないので、きっかけがない限り共感しうる人は見つけ難い。

話が反れた。本題はどうするか、だ。
結論から言うと、自分がクラスタ、つまり、自分がブランド化せしめなければならないのだ。
全てのクラスタ輪を繋ぐための腕を何本も生やさなければならない。気持ち悪い。
それか、トメライゾーンを出現させるかのどちらか。魔法か。
どちらにしてもとても難しい。出来たとしても人気がどこまで繁栄されるかわからない。正直やりたいと思わない。
けど自然とそっちに向かうしか無い。ていうか向かってる。

具体的だと、オリキャラを中心に展開。
まあクラスタで言うと、オリキャラクラスタってやつか。
オリキャラといっても、どの人も系統とかはある程度持ってるものなんだけどね。
そう、絵柄に関しても系統が”謎”だもんだから厄介。
しかも絵をそれなりのクォリで継続して描けそうには無い。

ボカロ曲も手段であって。作風もカオス。大した戦略も無し。

残るは映像だ。
音楽もアニメーションもオリキャラも組み込んで一つにできる。
映像という支持体でもって自分の謎カオスを統一できる寸法。実にスマート。
本当は昔から映像しかないと思ってた。答えは出てたんだ、映像しか無いんだってことに。
しかし映像制作は苦手なのであった。
どうしよ。
あ、リアルと連携…?
まあ、テキトーにやってきます。結局そこに落ち着くトメライクォリティ。

拍手

天才は”鏡”だ。
自分自身を映す鏡。現実を示すベンチマーク。でもその虚像は左右反転していない実像。
なぜそんな矛盾を優に超えた事象を可能にできる。その鏡は天才だからだ。

「(勝てもしないのに)比べちゃうから、そんな自分が厭だ」とかじゃないんですよね。
天才は鏡なので、比べるまでもなく、自分の欠点が浮き彫りにされる訳です。
むしろそういった意味では内蔵を透かす鏡といっても過言ではない。
誰だって自分の内蔵は見たくない。まあ自分はちょっと位なら…いや、やっぱやめとく。

ともかく天才だろうがなんだろうが、「凄いものに蓋」なのである。それ則ち「臭いものに蓋」。
自分に蓋、欠点に蓋。それを現実逃避とも言う。だからどうした。何が悪い。創作のひとつのあり方だろうに。

結局ヒトは、優劣は”躯”で決まる。あと運も。
創作は脳で決まる。どうしようもない世界だ。それが面と向き合えようか?否。
向き合う方が野暮である。向き合えるのは天才と自分を信じている者と無知だけ。
大小なりとも現実逃避が正しい。争い事は御免だ。
ま、直に慣れるさ。
…と言いつつ、まだまだです。

拍手

人気と素っ気なさは比例している。

仕方の無い事だってわかってる。
トントン拍子に人気博せば、底辺の叫びなど知り得ないのだ。
自分だってそうなる。

自分も少ないながらも、人気ある人とも、その人の何らかに興味を抱いたら交流を持ちたくなる事もある。
といっても駄目元。もしかしたら、という感情も悔しいけど0じゃない。だからこそ。
そんでなんらかのファボなりお気に入りなりアタックを試みる。
でもしてくれないものです。
わかる人にはわかると思う「そこはフォロバ/お気に入りしないと」っていう感情、これポイント。
元々クールそうな人なら諦め付くけど、
お気に入り500人以上してて、「マイピク歓迎!」とかプロフに描いてる系の人。
更には絵柄も好みも自分とベクトルが似てて「そこはフォロバ/お気に入りしないと」としか言い様が無い人。
でもしてくれない。人気ある人はだいたい。
自分に興味が無いというより、見てすらいなんじゃないかな。底辺は。

そうしたら、もうその人には興味なくなります。
元々大差ない。更にはこの私と一線画す程でもない。
(この表現はちょっと捉え方が分かれるけど;;;)
ああ、引いちゃってるんだ?っていう悲しみ。
元々人気あることででかい抵抗、隔たりがあるのだ、
好意無くなればその隔たり最早断崖。敵意しか残らない。
お気に入り欄に表示される絵も見たくない。
”厭な思い出”を思い出すから。
すぐにでもお気に入り外したいのです。
でも、リムるにリムれないんです。それが更に拍車。
というのも数ヶ月後にフォロバしてくれる事が稀にあるので。
(更には、リムった後に数ヶ月後アチラからフォローっていうケースも最近あったw)
つまり過去の出来事なのに強制引きずりシステムが成立すちゃうんです。これつまり敗北。

何でそこまで拒否に転ずるのか。まあ色々ですね。
この辺りコンプレックスの塊なんです。
最近は慣れてきたけど。感情を言葉にしたらあんな感じだけど大丈夫です。

例え運良くフォロバしてくれたとしても一方的だし何も発展しない。
”是ぢゃ無ひ”。
もう人気者にはなんもしないや。
それがその人達に対する適正距離というやつだ。単純に。

とにかく自分は人気ってやつが大っ嫌いだ!!人気という現象がだ。
人気ある人は悪くないんだ。でも人気ある人にコンプレックスあるのはとばっちりなんだ。
”気”が”人”にくっ付いた熟語が”人気”。
”気”が”人”というゾルにくっ付いた現象が”人気”。…実によくできた言葉だ。
チヤホヤされたくて人気が欲しいんじゃない。
人気に攻撃されない為の、抜け出す為の人気が欲しいんだ。
人気は底辺にこそ攻撃してくるんだよ。
悪循環に陥れるんだよ。本当に厭なヤツだ人気は。

拍手

nu-
誉められたり、人々と仲良くなったりしても「まだ足りない」って感覚、
表現者にはわかるのではないかと思います。
それはきっと、”不満”ではなく、ただ”不安”なだけ。
「この喜び、いつまでも続けばいいのに…」
「長く続かないのはわかってる…」
軌道に乗ってないのはすごくわかってた。
暖かいメルヘン雲の外は冷たい空。落ちれば海。
雲の外を見ないだけでも一苦労。
足が雲から出ない様、持ちこたえるのに精一杯。
でも結局、落っこちちゃったみたい。
また立て直せるかな。無理かもね。

「トメライ」はずっと前から、こんな風に「もう駄目かもわからんね」って呟きながら続いているよ。(๑๑)

拍手

前の記事の続きみたいな。
 
創作にとって
人気は敵。
でも最近わかった。
不人気も敵。
不人気は人を無気力にして公開する意味を無くす。
不人気は創作から離れる一つの理由。
自然消滅の一つ。
 
やっぱ人気はある程度欲っさないとだめだと思うし、実際人気はある程度無いとだめだと思う。
ツイッターで「人気なんて望まないで気楽に創作した方がいいよ」みたいなRTよくあるけど、確かにその通りだ。
でも、その境地がどういう世界か知らないのだろうか。まじで気楽ですよ?
良くも悪くも ま じ で 気 楽 で す よ ?
 
創作は自分一人にだけ公開して終るのもまた良し。むしろそれが一つの到達点。
閲覧数1だけで満足出来るのだから。
しかし、インターネットが普及した現代に於いて、公開しない手は無いんです。
公開、評価願望を煩悩だとしてもそんな簡単にすぐ消せないですよね。
自分は(オリキャラがいるから)公開しない方向に持っていけるけど、創作が生き甲斐だから、無理矢理続ける。

人間社会の縮図というより自然界そのもの。
どのみち競い合ってこそ成り立つ創作世界。
どんな形であろうとも”参加”できてる時がきっと旬なのだと言い聞かせて。
単純にあまり考えない方がいいよね。思う壷だよね。という話でした。

拍手

pixiv投稿
Tシャツトリニティ
カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
ブログ内検索

忍者ブログ [PR]